「川の底からこんにちは」

私が子供の頃は、体育でどんだけか走っても水を飲んではいけなかった。理由は「バテるから」。でも、水を飲む→楽をする、みたいな感覚が、学校とか教育付近にあったように思う。がんばって足腰を鍛えるにはうさぎ跳びだった。私はうさぎ跳びが大変に苦手だった。
遠足も嫌いだった。炎天下歩いてて喉が渇いてつらい。今のように水やお茶の自販機などない。ずっと持って歩くのに、水筒をいくつもは持てない。大抵、遠足の7割方で水筒の水は空になった。喉が渇く。でも歩かねばならない・・・。
がんばらなくちゃ、いけなかった。喉が渇いても、しんどくても、太腿が熱を持ったようにパンパンになっても。
宿題を忘れたり、忘れ物をしたりしたら、床や椅子の上に正座させられ、苦痛を伴った罰を受けなくてはならなかった。

1995年の阪神淡路大震災から数日後。新聞のコラムにあったんだ。
「みんなは被災者にがんばれと言うけれども、私たちは頑張っているのだ。これ以上、何を頑張れと言うのだ」

バブル崩壊後、不況が人の心にますます影を落としてきた時期である。多分、私たちはいろんなことに疲れてきていた。
「もう、がんばるなんて、うんざり」「頑張れなんて無神経に言うな」「がんばらない」
「頑張れ」を長きに渡って強要されてきたからこそ、そう口に出すことは新鮮だったし、「がんばる」だけでは見えてこない別の道を探すことは必要だったと思っている。
そのと自体は、そんなに変わってはないのだけども・・・。



けれでも、なんかそれもまた、新たなうんざりなのよー。私。
もうそこから、また別種の、新しい行き詰まりを感じちゃってるっていうか。

もう随分前のことだけども、バリ島で出会った日本語がうまい売り子の女性が、日本人のオーナーがついてくれそうで、これからアロマテラピーやマッサージの勉強して、マッサージの店を持つの、と言っていた。目をキラキラさせて、「がんばるがんばるー!」と言っていた。彼女の「がんばるがんばるー!」は明るくて楽しそうで聞いてて心地よかった。あれから数年後、私はよく、店で仕事をしながらその時の彼女の口調を真似して、「がんばるがんばるー!」と唱えているんだ。そんなに悲壮感はない。つらくもない。自分が楽しくあるための「がんばるがんばるー!」。

で、先日シネマテークで観た映画「川の底からこんにちは」。
うわあ、これはまさに「今」の映画だ!と思っちゃった。
「がんばる」が封印されて15年。しかしもう「がんばらない」ではなんともならない閉塞感。
未だ多くの人たちが日本人の多くは中流にいると思っている。外国の人と比べたら日本人はお金持ちだと思っている。けれども、私は店で仕事をしてて、どんだけの人がこの10年で職を失ない、復職も出来ず、大幅に収入を減らした中で生活をしているかを多少なりとも見ている。そういう時代の中の、作品だこれは。

今だって他の映画ではあるけれども、閉塞した状況下で抑圧が高じてそれがいきなりトップギアに入って主人公が暴走!爆発!なんて映画があるじゃないですか。危険な予感に満ち満ちた。でも、「川の底からこんにちは」は、そういう爆発をしないところに、「今の、ここ」を感じたのです。
会話のボキャブラリーは少なく、どこか脊髄反射的。けれども相手のセリフの中に、狭いけれども自分にとってのもっとも中心な部分だけは聞き取る。そこを突く。突くけど、すぐに引き下がる。「や、どうだっていいんです」と。こういった会話やキャラクターも、これまでの時代を切り取った映画にはない、「今の、この部分」を表現として明らかしたもののように思ったんだ。
佐和子が言う、「中の下ぐらいの女なんですよ、所詮」「どうせ、しょーーーーーがない女なんだもん」「あたしなんて大した人間じゃないんだから。だから頑張るよ」
あれ、おかしい。映画を観終わったあと、この言葉がすごく気持ちがいい!
すぐさま、口に出してみた。
「私だって中の下だもん!いや、下の中かもしれん!」
「どうせしょーもない女だし。しかも結構な年だし!だから頑張るよ!」
「もう頑張るしか、ないよ!」
あらら、なんだかすっきりしてきた。いろいろなうだうだが。もやもやが。小さな不安が。単純ですか?私。


所詮は、すべてバランスです。
ずっと「頑張れ」を強要してきたからこその、頑張らない大切さ、逃げる勇気。それは探していく別の方法論だった。
そして今度は「がんばらない」から先は、どうやって何を目指すべきかに来ているのだろう。そういう岐路に立たされた、「今の、この場所」に立っている私たちの物語だと思いました。

主演の満島ひかりは、これまたいいのですが、この奇妙な「中の下の女」にして、父親から「お前、かっこいいなあ」と言わせて、それが観ててとても納得できるような、そういう説得力ある存在を持った女の子です。
名古屋では今週金曜日までですけど、是非たくさんの人が観にいくといいなあ。