サカモトタキモト

この日はスタートは難儀に始まりました。
結構激しい雨。
車で店に向かう道の途中、TAKEDAが忘れ物に気付き、家に戻る。ロスタイム20分ほど。
店について準備途中、今度は車の中に大切なものを置き忘れたことに気付き、雨の中、店から歩いて15分ほどの駐車場まで往復する。
重なる二度手間に重なるロスタイム。坂本さんは大抵予定よりも早く入る方だから、余計に焦ります。

さて、やはり予定より15分早く坂本さん登場。
いきなり、「ねえ、おかしいよね、昨夜、駐車場でこんなにお金取られちゃって」という話から始まる。何故かいつも坂本さんは、あの演奏からは想像できないナサケナイ話から始まる。
「ガソリンスタンドの値段の表示がわからない」「ETC割引のいつが安いのかがわからない」という話が続きます。

12時ちょっと過ぎに滝本さん登場。
うちは2つのライブがあるため、
「今日は長い一日になりそうですね」と笑っておっしゃる。
いや、通常の営業なら、もっと朝早くにお店に入るし、仕事の終わりも遅いし。それに比べたら、私たちもライブが聴けるのだし、こんな幸せなことはない、と私はそう思ってました。
でも、やっぱり、日常の仕事とは違ってて、本当に長い一日でした。いい意味で。

うちでは季節ごとに滝本さんのライブを行ってますが、そのお客さんたちは殆ど、早くからいらっしゃり、当日ドタキャンもなく、遅刻する方は少ないのです。
この日も時間内に全員お集まりになり、私も開始1分は聞き逃したものの、最初からライブを見れることに。
「サカモトタキモト」は、まず、坂本弘道さんの30分ほどのソロから始まりました。CD「零式」に入っている曲が殆どだったと思います。
チェロを弾くだけでなく、鉛筆削り、ナイフ、いつものグラインダー、なんとチェロを逆さにしてヘッド部分をゴリゴリ固い床に押し付けて・・・! ありとあらゆることでチェロから音を出していきます。そのチェロをありえない行動で扱う手さばきはお見事というしかありません。
音の一つ一つ、カットの仕方、インの仕方、それらにこんなに明確に意味がある、と思うようなソロって、私にとっては他に経験していない。
例えば、チェロの脚の部分、エンドピンと呼ばれるところに、シンバルを通して、金属のこすれる音。そこに2つのコードで3音ずつの小さなメロディが重ねられるといきなりそれは「エンドピンとシンバルの穴の周りの部分が擦れる音」が、別の意味や風景を持った音に聴こえてくる。それは「豆腐屋さんのラッパの音」とか、そういうわかりやすい郷愁の音ではなく、きっと名付けられないような、何か分からないけれどもきっとどこかの風景の中で聴いた、金属が擦れあった音、そういう意味のようなものを持ってくる。
本当に、わかりやすい「ああ、あれは夏の音」とか、「田舎で聞いた海の波音」とか、そういうイメージではなく、私の中では決して言語化できず、物語も浮かばないのだけども、ダイレクトにどこかが揺さぶられる音。
演劇で坂本さんの音がよく使われるのって、その絶妙さにあるのかもしれない。
一つ一つの音やチェロで重ねられていく音や、ふいに音がカットされることや、それらがみな、「意味」というと語弊があるかもだけども、世界を構成する必然だこの一音一音が、と聴きながらぞくりとしつつ、そんなことを思いました。

どういうわけか今日は、1曲目から音がどっかを刺激したみたいで、私の中には何の感情もないのに、何の言葉も物語もないのに、際限なく泣いてました。何故涙が出るのかはいつもそうだけどもわけわかんない。由来がわからない感情。けれど滂沱の涙。
ソロを終えた坂本さんに、「いつも思うんだけども、音楽を聴いてなんで泣けるのかなあ?そのメカニズムが知りたいです」と、まだ半分泣きながら聞いた。
「何か古い記憶を思い出すのかなあ?」
「いや、何も思い出さないですよ」
「そういえば、僕の音楽をお葬式に使いたいっていう人は結構いるよ。お葬式だよ? なんで結婚式とかじゃないんだ? だいたいそれじゃ、スケジュール組めないよねえ?」
と坂本さんが言って、私はそれ聞いて笑いながら、瞬間にお葬式で演奏される坂本さんの音楽を想像しただけで、また泣きなおしてしまいました。


これは坂本さんが音楽で参加したダンス公演「市電うどん」の映像です。

外でそんな話をしているうちに、店内では滝本さんのソロが始まってました。
こちらはいつもの滝本ワールド。この日は大雨だったせいか、雨の歌が多かったようです。

さて、2部は滝本さんと坂本さんのDUOです。
滝本さんがよく演奏する坂本さんの曲を、初めて2人の歌と演奏で聴きました。坂本さんは、私はソロが何よりも好きですが、歌モノも実に良いのです。歌に、別の角度から背景をぐわあっと持ってきて、歌の世界を更に大きく広げてくれるのです。
そして、坂本さんは、小さくてまっすぐで一人ぼっちで口ずさんでいるような、かわいい歌い方で歌うのですよ。
で、滝本さんとユニゾンで歌ったりするとさー。
もう、このおじさんたちの少年っぷりが!
白髪がかなり混ざった髪を伸ばして、髭も生えて、たった2年ほど前は雰囲気あるかっこいい大人だったのに「なに時代ですか?」(by 臼井康浩さん)って感じになった滝本さんと、
こんなに雨が降ってるのに湿度は髪になんの影響も及ぼさないのか、「ねえ、今日は最高のもじゃもじゃ具合だね」(by TAKEDA)の坂本さんの、
この不思議なユニゾンに、なんか可笑しいんだかステキなんだか、幸せな気持ちになってしまいました。