「ヘルタースケルター」


この10数年。平日休みの私にとって映画館はそれほど混雑した場所ではないんだ。けれども8月は別で、いつものように上映20分ほど前に行ったら、もう残席僅かだという。トレーにポップコーンとドリンクを載せて入ってくる若い女子がいっぱい。照明が落とされ、上映前の広告や映画予告が開始してからも、どんどんと女子集団が入ってくる。私にとってはちょっとそんな稀有な状態で、「ヘルタースケルター」は始まりました。
まず最初に、上野耕路さんによるちょっとアッパー過ぎないかと思えるほどの音楽で、沢尻エ
リカ演じる「りりこ」がどんなに若い女子たちに支持されてるか、どんな風に変幻自在なスタイルで世界に君臨しているか、というシーンが続く。そうそう、一緒に観てた友達が、「(表紙がいかに人気絶頂のりりこだからといって)あんな風に雑誌は売れません!」と言ってましたが、そういう意味では多くの人がたやすく想像する「ナニカ」でこの映画は満ちていたな。表紙にしただけで飛ぶように売れる平積みされた雑誌群、ハイテンションなグラビア撮影現場、などなど・・。
私は最初からそのシーンに心地よく酔ってしまった。何しろ、岡崎京子が1990年代中盤に描いた「りりこのグラビアシーン」「コマーシャルシーン」などが沢尻エリカの姿を借りて色鮮やかに再現されているのだもの!

マンガが原作となった映画、ってなかなか難しい。私たちはマンガを読みながらそこにいろんな色や声や音や空間を既に想像してしまってて、そこに新たな映像を提示されても戸惑うことが多々ある。何故この設定をこう変えた?と悲痛な声をあげたくなったのが「ハチミツとクローバー」に「ストロベリー・ショートケイクス」、リスペクトはわかるけど確かにマンガを見事に再現してるけど、それ以上のものが感じられないというのが「ピンポン」でした。もしや「ヘルタースケルター」は後者になるかと思いきや、マンガからの改変は殆どなく、監督の原作へのリスペクトをとても感じ、そして岡崎京子の「ヘルタースケルター」にゴージャスな音楽と色を付け、私たちの知っている俳優によって「映画」として成立させることにとても意味のある、そういう作品に仕上がったという感じを受けました。

りりこを演じた沢尻エリカの可愛さやきれいさや傲慢さや馬鹿っぽさや残酷さや悲しさ、これは他の女優は考えられないなあ。例えばエリカの胸はそれほど大きくもなく、もしも全身整形してるのならもっとハリのあるおわん型でも、とか、ここまで作りこんでいるという設定なら顔の肌などさらに美しくあっても、とか思うのだけど、そういう意味ならこの2012年にものすごく多くの人を魅了するカリスマ的人気を誇るモデルなど存在するのかという問いもあるのだけど、沢尻エリカの「りりこ」はそういった問いを感じさせない説得力がありました。
寺島しのぶ演じる「羽田ちゃん」。私は映画を観る前から、『多分、観た後には寺島しのぶ、やっぱりうまいわ、彼女しかこれを演じる人はいないかも』とか思うのだろうけど、それでももっと実際に若い女優に演じてほしいのだけどな」と思ってました。映画を観ても最初はどうしても違和感。正直、35歳には見えないし、恋人の「しんちゃん」とのバランスの悪さも気になってしまう。けれども後半の寺島しのぶのちょっとした目線やポストに重要な書類を投函する時の体のラインとか、そういうところにダメな女「羽田ちゃん」がありありと表出されていて思わず息をのんでしまう。実際の設定では「羽田ちゃん」というのはもっとどこにでもいそうで、仕事に情熱を持った善意の人で、そういう人がりりこに翻弄されて人生を狂わされていくのが面白いのだけど、映画の「羽田ちゃん」はどこか、最初から突拍子もなく、ボタンをかけ違いのままのような女に見える。原作では異国の地で最後までりりこに付き添う羽田ちゃんと彼の馬鹿正直な献身さにハッとするのだけど、映画では羽田ちゃんの生きる世界はあらかじめこのいかがわしい闇の世界だったのよと言わんばかりの笑顔にみえる。
桃井かおりが演じる社長も素晴らしかったし、新井浩文演じる「キンちゃん」には泣かされてしまった。吉川こずえ役の女の子の「完璧なまでのモデル顔」にも、ああこれを実写で観れてヨカッタ!って思ったし。
特筆すべきは、80年代、サブカル好きな人間を狂喜させた「上野耕路」の音楽でこの映画を作ったことでしょう。それはふんだんに使われてて、気持ちがこわいほどにあがっていったかと思えば底知れない不安に落とされたりする。エリカの部屋といい、そこにあるのはまだバブル時代のアッパーなイメージと贅沢さとポップカルチャー、そして頂点であることの苦痛。映画「ヘルタースケルター」では音楽がこの世界を常にリードしているように私は感じた。そういう映画として堪能できて、本当に良かった・・・。

後半。これファンデに筋が付くことケッテイーー!ってぐらい、私はなんだか泣いていた。エンドクレジットの音楽も上野耕路によるものだったら、間違いなく立ち上がれなくなるレヴェル。ところでエンドクレジットが出た途端に隣の女子はスマホの電源を入れてメールチェック、後ろからは「なんか途中で眠くなっちゃったー」という声。多くの女子は立ち上がって出口にぞろぞろ向かう。
映画の中でりりこがどんな衣裳を着てそんな顔を作っても「かわいー!」という言葉しかなく、いつも「一番流行ってるもの」にだけ飛びついて、次から次へと飛びつき先を変えていくたくさんの女子がりりこに夢中になり、そしてりりこに飽きていくのだが、その女子たちがひらりひらりと客席に舞い降りて、「なんかもう飽きたしィー」「沢尻エリカ、超ヤバくねー?!」とか言ってるようで、いきなり現実と映画の境界が崩壊したみたいで、すっごくドキドキした、すっごく面白かった。目なんか赤くしてるの、私だけかよ。

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