「カケラ」


ということで、夜にワルンプアンさんで美味しいお食事、楽しいお話を楽しんだあとで、シネマテーク安藤モモ子監督の「カケラ」を観てきました。

この映画、とてもたのしみにしてたんだよ。
でも、この映画の感想を文字にすることを、したいと言えばしたくて、本当は書き出すとかなりの量になりそうなんですけど、どこか躊躇するのは、この映画は記憶の皮膚を体感すると言うか、追体験するというか、そんな感じだったので、なるべくその記憶という脳の皮膚みたいなところをじわじわと濡らしたままで眠りたいところ。

言葉で書いたり言えたりする部分はいっぱいあるんだけども、それよりももっと大事なのは、ただ誰かにずっと触れていたり触れられたりしてたかったという記憶と、そう思ってそうしていると、それを望んでたはずなのにやっぱりそれだけでは煮詰まってきてどうしてだかイライラしてきて、何かを壊したい衝動でいっぱいになっている自分にいつも泣きそうだったあの感じとか、リコみたいな顔の子、声の子を知ってる、確かに知ってる、とか、映画を観ながら甦った、そういう感覚。

人は年を重ねていくうちに成長してって最後に丸い円になっていく、なんてのは若い頃の幻想で、多分そうではないらしい。けど、10代〜20代の時期は大きめにカットされた濃厚チーズケーキみたいな、こってりとしたカケラのようにも思える、あの頃をとうに過ぎた私には。

そうだ、あのレズビアンバーみたいなとこ、行ってみたいんだよな。お金ないから行かないんだけどな。って言うか、私は行きたいというよりも、ああいうお店をやりたいんだよ、実は。
ふふふ、いいな。本当にやりたいな。